1. 現代経済学
古くは傾斜生産方式や所得倍増計画、最近ではアベノミクスなど、どの政権でも経済政策は中心的な分野として扱われ、人々の生活に大きな影響を与えてきました。海外でも、例えば最近の米国における大幅減税と財政出動はトランプ大統領の目玉政策の一つです。
そんな経済政策に理論的枠組みを与えてきたのが経済学という分野。共産主義退潮の後は(新)ケインズ主義と新古典派が主要な流派として語られることが多かったのですが、近年になって経済学の捉え方、経済に対する焦点の当て方が多様化しており、経済学の枠組み自体が決定的に変化しつつあります。本書の副題である「ゲーム理論・行動経済学・制度論」がまさにその変革を代表するキーワードと言えるでしょう。本書の序章でも触れられている通り、最近のノーベル経済学賞はこれらの分野の第一人者が次々と受賞しています。そして、入門レベルの経済学の知識を前提に、そういった「現代」の経済学をこれまでの経済学と対比させながら、古今の繋がりとブレイクスルーを過不足ない記述で分かりやすく伝えてくれているのが本書。新しい経済学の流れを概観するのにうってつけの新書です。
2. 目次
本書の目次は以下の通り。
序章 経済学の展開
第1章 市場メカニズムの理論
第2章 ゲーム理論のインパクト
第3章 マクロ経済学の展開
第4章 行動経済学のアプローチ
第5章 実験アプローチが教えてくれること
第6章 制度の経済学
第7章 経済史と経済理論の対話から
終章 経済学の現在とこれから
3. 感想
序章では親しみやすい導入として最近のノーベル経済学賞の動向が語られ、前述したように、いわば新しいアプローチの経済学と呼べる分野の研究者たちが多数受賞していることが紹介されます。そして、そういった分野を理解するための前提として、第1章では最主流派といっても過言ではない新古典派経済学(のミクロ経済学部分)がざっくりと解説されます。ここまでは経済学に興味がある人々ならばすっと入ってくる内容でしょうし、逆に「限界革命」などの言葉がすんなり飲み込めないのならば経済学入門の教科書的な本から読んだ方がいいかもしれません。本書では単純な市場における価格決定モデルの説明もありますが、それを意識して見たことさえないというのであれば、第2章以降で紹介される理論や事例がどれほど革新的かに感動できず、本書の面白さが伝わっていかないであろうと思われます。
第1章までの内容が飲み込めたならば、第2章から始まる本書のメインディッシュを十分に味わうことができるでしょう。第2章は「ゲーム理論」の話。「囚人のジレンマ」などが有名な例ですね。特定のルールの下では、人々の自由な意思決定がお互いを不幸にしていく場合があることを、個別具体的な例ではなく抽象的で普遍的な理論として打ち出したのが革新的だったと言えます。初めてこの理論を聞いたときには、「合理的に動く人々(エコノミックアニマル)」を前提とする新古典派の理論を逆手にとりながら王道を正面突破した感じがして気持ちよく感じたものです。また、「囚人のジレンマ」を理解した後に「繰り返し囚人のジレンマ」の説明が現れると人間という生き物の不思議さに心が湧きたちますよね。疑心暗鬼がもたらす人類総不幸状態。それを、試行錯誤の中で協力関係に収斂させていく人間心理には、理論やシミュレーションからその結果が導かれることを「当然」と思いながらも胸を衝かれるような感動があります。他にも、「リスク回避的」な心理や「対抗値下げ」の事例などは、普段の生活がゲーム理論を通じてアカデミックの理論に結合された感が非常に強く、「夕陽の次の日は晴れ」が科学的に立証されている、という話と同様の感動があります。これまでの経済学が事実上、ある状況における1回だけの行動に焦点を当てていたところ、「繰り返せばどうなるか」や、「自分がこう動いたら相手がこう動くだろうから、それを先読みして敢えてこう動く」といった視点をゲーム理論は経済学にもたらしたといえるでしょう。
第3章は、第1章のマクロ経済学バージョン。ゲーム理論はミクロ経済学の拡張分野だといえますが、第4章以降で触れられる行動経済学や制度の経済学はマクロ経済学にも深く関わってくるのでこのような構成になっているのでしょう。ここでも、GDPの測り方やケインズの有効需要の理論などが紹介されますが、このあたりは既知という人でないとやはりこの本は難しすぎると思います。末尾では日銀の黒田総裁がよく口にする「期待」についての理論に触れているのも時機を捉えていますね。「期待」という概念の登場により、政府の経済政策がそれぞれの人々が抱く経済学的行動上の「信念」や「選好」までもを変えてしまうということが経済学に内挿されるようになったわけですが、まさにゲーム理論や行動経済学的考え方の̪嚆矢になっているともいえるでしょう。著者が示唆する通り、今日から振り返れば経済学における「複雑系」の登場とも認識できます。
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